大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)378号 判決 1978年5月24日

控訴人

有限会社信友工業所

右代表者

山内正男

控訴人

山内正男

右両名訴訟代理人

白石信明

外二名

被控訴人

西川産業株式会社

右代表者

西川鉱蔵

右訴訟代理人

山本稜威雄

主文

原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1のうち、被控訴人が浜松市曳馬町に工場を設けていたことは、証人西川鉱蔵(原審および当審・但し当審は被控訴人代表者として尋問)、同大谷一郎の各証言・控訴人本人兼控訴会社代表者山内正男(以下「控訴人山内」という。原審第一・二回および当審第一回)の尋問の結果により、これを認めることができ、その余の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因2のうち、控訴人山内が少なくとも、別紙目録(一)、(二)の各物件を被控訴人主張の価額で買い受けて、その主張のとおり引渡および登記を受けたこと、控訴人らが現在右各物件を占有していることは、当事者間に争いがない。

そこで、右売買が被控訴人主張のように、営業の譲渡に当たるか、それとも、控訴人ら主張のように、各物件の売買にすぎないかを検討することとする。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人山内とその父山内弘は、かねて別紙目録(一)の各建物((イ)および(ロ)の登記名義は山内弘、(ハ)の登記名義は山内工業所)において、メツキ加工業を営み、おそくとも、昭和三二年一二月には山内工業所を設立して、メツキ加工業に従事していた。

ところが、山内工業所は、経営に失敗して、昭和四〇年秋には倒産し、大橋三尾が、山内親子の依頼により、同人が関係していた国際自動車(当時社長西川鉱蔵)からの整理資金によつて、その任意整理に当つた。

山内工業所は、昭和四〇年一〇月一七日解散を決議した。ところで国際自動車は山内工業所に対し整理資金を出していた関係もあつて、同月一八日山内工業所から別紙目録(一)の各建物とそこにある同目録(二)の機械器具(メツキ加工用具)を代金総額一五〇万円として買受けた(建物の所有権移転登記は同年一一月一日)。

その際、大橋は、国際自動車の社長西川鉱蔵らと相談して、新会社を設立して、山内工業所から営業の譲渡をも受けて、メツキ加工業を営むこととし、この構想に基づき被控訴人(会社)が設立され、かつ、昭和四一年五月二三日、被控訴人は、当初の予定どおり国際自動車から別紙目録(一)、(二)の建物、機械器具を買受けるとともに(同年八月三一日建物の所有権移転登記)、メツキ加工業の事業を開始し、その経営に必要があつたので控訴人山内をはじめ山内工業所に所属していた従業員の多くをそのまま引続き被控訴人において引受けて雇傭した。

ただ、被控訴人は、はじめてメツキ加工業に関与するもので経験もないことから、右業務に長く従事し、知識、経験の深い控訴人山内の助力を求めたので、同控訴人は、右申入を了承し、被控訴人の従業員になつて、メツキ加工業の機械取扱、業務の遂行について広く従業員を指導、監督をし、同四四年一二月には被控訴人の取締役に就任するに至つた。

なお、山内弘と国際自動車との間には、山内弘が国際自動車からの融資金を返済したときには、国際自動車(したがつて、実際被控訴人)から、前記買受物件を山内弘に対し返還すべき旨の約定が成立していた(この約定の成立していたことは、当事者間に争いがない)。

(二)  控訴人山内は、昭和四五年夏頃になると、前記返還の約定もあることから、独立して、メツキ加工業を営むことを希望し、被控訴人の曳馬町工場の建物、機械器具、営業権の譲受け方を被控訴人に申入れてきた。被控訴人の当時の代表取締役であつた西川は、被控訴人が当時三、〇〇〇万円におよぶ借財をかかえていたから、その借財の返済後ならば控訴人山内の申出に応じてもよいが、現状では応じがたいとして、これを断つたところ、控訴人山内は、執拗に右譲受けを希望し、ついには、自己の退職の申入や被控訴人に劇毒物取扱主任者のいないことを保健所に知らせると言い出すなど、被控訴人に対し嫌がらせをしたりした。

当時被控訴人には控訴人山内を除いてはメツキに知識のある者はいなく、同控訴人が退職すれば被控訴人の営業継続に支障を来たす実情にあり、さらに劇毒物取扱責任者がいないことがわかれば監督官庁から営業の停止を命ぜられるおそれもあつたので、結局西川らは控訴人山内の申出を受け入れるより外ないと考えるようになつた。

大橋は、控訴人山内の右申出に反対していた(大橋は当時被控訴人の取締役ではなかつた)ので西川ら被控訴人の経営陣は、大橋に内緒に昭和四五年一〇月三一日、別紙目録(一)、(二)の建物、機械器具を控訴人山内に売り渡すとともに被控訴人の曳馬町工場の事業を廃止した。

(三)  右売買に際し、被控訴人は、控訴人山内の要望により曳馬町工場の得意先(メツキ加工の注文者)を同控訴人に譲渡し、右趣旨の覚書(甲第一号証の二)を作成した。

控訴人山内は、昭和四五年一一月一日から曳馬町所在の曳馬町工場において、個人営業としてメツキ加工業をはじめ、その際右覚書に記載されている被控訴人のもとの得意先の大半を引継ぎ取引を始めた。

また、控訴人山内は、被控訴人が曳馬町工場で雇つていた従業員七、八人を引続いて雇入れて、自分のメツキ加工業に従事させ、かつ、従業員の給料は被控訴人の許におけるそれと同じであつた(なお、被控訴人から従業員に対する退職金は支払われなかつた。)。

(四)  被控訴人の経営する曳馬町工場と領家町工場二工場の全売上の中での相互の割合は、曳馬町工場が八割を占め、かつ、この工場は、昭和四四年に設備を更新し、売上げも収益も、ともに伸びていた。

被控訴人自身は、大巾な累積赤字をかゝえていたが、昭和四四年度においては金四万七、〇〇〇円、同四五年度においては金八九万七、〇〇〇円とわずかながらも利益を計上し、徐々に業積を回復しつゝあつた。

前記控訴人山内への譲渡に際して、西川ら被控訴人の経営陣は、曳馬工場を控訴人山内に売却しても、残つた領家町工場において、引続き控訴人山内の技術指導を受ければ、領家町工場だけでも、被控訴人の経営は可能であると考え、控訴人山内も、当初は引続き領家町工場の技術指導に当ることを約していたが、曳馬町工場を現実に買い受けた後は、右約旨を実行しなかつたため、被控訴人は、領家町工場だけでは経営を続けることができず、結局、昭和四六年春、その操業を停止し事実上倒産した。

その後、昭和四六年九月、大橋三尾が被控訴人の代表取締役になつが、昭和四六年度には八二五万円の欠損を出した。

以上の事実が認められ、右認定に反する部分の控訴人山内正男の供述部分(原審第一、二回)は、にわかに措信しがたい。

乙第三号証(甲第一号証の一と同じもので、控訴人山内の所持にかかるもの)には、覚書(甲第一号証の二と同じもの)が附せられていないけれども、このことは、必ずしも覚書の成立を否定することにはならない。

三以上の事実にもとづいて考えると、被控訴人は曳馬町工場の譲渡によつてその営業の重要な一部を控訴人山内に譲渡したものというべきである。けだし被控訴人は二つの工場のうち業績のよい曳馬町工場の建物、機械器具を売渡しただけでなく得意先や従業員の雇傭関係などの経営的価値ある事実関係をも控訴人山内に引継がせ、かつ、これによつて被控訴人自身は曳馬町工場をやめ控訴人山内が同所でその設備を利用して同じ事業を経営するに至つたのであつて、単なる不動産ないし物件の売買ではなく、いわゆる重要な営業の譲渡に当たることはもちろんである。

控訴人らは営業の譲渡に当らないと主張するが、前記認定の事実と異なることを前提とするものであつて、採るを得ない。

四ところで、株式会社がその営業の重要な一部を譲渡するには、譲渡会社の株主総会で発行済株式の総数の過半数に当る株主が出席しその議決権の三分の二以上に当る多数をもつてする決議を経ることが必要であるところ、被控訴人は本件の営業の重要な一部の譲渡に当つて右の手続を経なかつたことは当事者間に争いがない。

そうすると右譲渡は効力を生ずることができない。

五ところが、控訴人らは、これよりさきの昭和四〇年一〇月一八日山内工業所から国際自動車に対する前記二の(一)において認定した売買は重要な営業の譲渡であるから有限会社法四〇条、四八条による社員総会の決議を経なければならないところ、これを経ていないから、無効であると主張するから、その点について判断する。

(一) 前記二(一)で認定したところによれば、山内工業所と国際自動車間の昭和四〇年一〇月一八日の契約は、いわゆる重要なる営業の譲渡に当たると認めるのが相当である。けだし、国際自動車およびこれから引き継いだ被控訴人は、山内工業所の事業設備、従業員等の人的設備ならびににその取引先など営業活動等をもとにしてかつ、これを利用し信頼して、従前の作業形態とほとんど同様な状態で(ただし、控訴人山内は現場の指導者として作業に従事していた)。メツキ加工業を始めたものであり、たとえ取引先にとくに改めて通知をしなくても、山内工業所の全ての物的設備、人的設備、無形財産のすべてを一体として引き継いだものとみるのが相当であつて、これは、山内工業所の重要な営業譲濾に当たると認めるのが相当だからである。

(二)  そして、山内工業所が右営業譲渡について有限会社法第四〇条にもとづく第四八条の社員総会の決議を経たことは本件証拠上これを認めることができないから、山内工業所から国際自動車に対する右昭和四〇年一〇月一八日の営業譲渡は無効であるといわざるを得ない。

(三)  被控訴人は、山内工業所が事実上倒産し、解散決議をしたのちであるから、営業譲渡をしたものとはいえないと主張する。

しかし、会社について解散決議がなされたとしても、清算終了に至るまでに、会社を継続することができ、当然には、会社の事業が終了するとは限らないのであり、また、会社の解散と営業の譲渡とは異なるものがあり、前者について社員総会の決議がなされたとしても、営業の譲渡についての社員総会の決議がなされなくてもよいということにはならず、この点の被控訴人の主張は採用しがたい。

なお、本件建物のうちには、山内弘個人所有の物件が存在しているが、本件各建物は山内工業所の営業財産として国際自動車に譲渡されたのであるから、すべて、営業譲渡の効力いかんによつて決せられるというよりほかない。

また右営業の譲渡は、譲渡担保または買戻約款付売買であり、山内弘が国際自動車に対し、その立替金を返済したときには、譲渡にかかる営業を買い戻すことができる旨の約定が成立していたことは、当事者間に争いがないけれども、前記認定のとおり、山内工業所から国際自動車を通じて営業の譲渡を受けた被控訴人は、自己自らメツキ加工業の経営の主体となりメツキ加工業を自己の経営責任において営むものであるから、たとい山内弘が債務を弁済するとともに被控訴人または国際自動車から目的物件を戻すことが許される契約であつても、これについては、有限会社法四〇条一項一号の適用があると解するのが相当というべきである。

六そうだとすると、被控訴人は、本件(一)各建物、本件(二)各物件の所有権を取得するに由ないものというより外なく、本訴請求は他に判断をするまでもなくすべて失当として排斥を免れない。

《以下、省略》

(安藤覚 森綱郎 奈良次郎)

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